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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)1400号 判決 1968年3月27日

控訴人

ソニー株式会社

代理人

馬場東作

外三名

被控訴人

後藤陽子

代理人

小池通雄

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実<省略>

理由

(本件試用労働契約関係の成立とその性格)

一被控訴人は昭和三七年四月一八日控訴会社厚木工場に試用者として採用されたが、その際の契約(試用契約)では試用期間は三カ月であり、その期間中従業員として不適格と判定されない限り、右期間満了とともに正規の従業員(以下本採用者ともいう)となる約定であつたことは当事者間に争いがない。

二そこでまずこの場合の右試用契約の法的性格をどのように見るべきかについて本件の判断に関係ある限度で検討する。もともといわゆる試用契約は、労働契約関係において、試採用者として採用された者が正規の従業員としての能力ないし適格性を有するや否やを一定の期間(試用期間)内に試験する制度として認められて来たものであるから、その主眼とするところは右のような試験であつて、労務の給付はその試験のための手段にすぎないと見られる。換言すればこの試験は使用者がはじめに労働者を採用するにあたつて、それが自己の従業員たるにふさわしいかどうかを判断するために施行する人物性行能力等の審査の一部であり、これを一定の時間延長し、試みに一定の労務に従事せしめて判断するというにある。従つて試用期間中は当初の雇傭における契約自由に発する使用者側に存する採否の自由の一部が留保されているのであつて、解雇ないし本採用拒否の形式でなされる決定は原則として使用者に一方的に留保されるのがその本来の姿と考えられる。この点においてかかる試用契約をともなわず、もつぱら労務の給付を主眼とする本採用の労働契約とはおのずからその性格を異にするものがあるといえよう。しかるに今日世間の実際の慣行を見るに試用の期間は必ずしも短期間に止まらず、試験の手段たる労務は通常のそれと異ならず、その他諸般の実情において試用契約は右のごとき本来の姿を示していないものが少なくなく、他方後に見るように実定法上労働基準法第二一条但書第四号は試用契約について一般の場合と同様解雇の予告を命じているのであつて、このような見地からすれば、試用契約をたんにそれがいわゆる試用契約であるということだけからその性格を一概に決定することは困雑であり、むしろ試用についての労使の合意や慣行あるいは就業規則の定め方その他諸般の実情を参酌して具体的個別的に判断しなければならないのが実体である。従つて本件試用労働関係の性格も右のような観点からこれを判定するほかはない。

(一)  まず、本件試用契約の約定が三カ月の試用期間中従業員として不適格と判定されない限り、右期間満了とともに本採用となるものであつたことは前認定のとおりであり、本件試用契約書と見られる成立に争いのない甲第三八号証の被控訴人に対する従業員試傭と題する書面の本文但書第二項には「試傭期間は昭和三七年四月一八日より同年七月一七日まで」とあり、同但書第三項には「所定の試傭期間終了までに従業員として不適当と認められた者は採用しないことがある」と定められていて、前認定と同趣旨のことをいい、成立に争いない乙第二号証の控訴会社の就業規則第四五条には「試傭」の表題のもとに「新に従業を許された者の試傭期間は三カ月とする。云々」とだけあり、これを従業員の定義を定めた同規則第二条、従業員の採用詮衡の方法を定めた同規則第四三条、詮衡に合格した者について定めた同規則第四四条とあわせて読み、弁論の全趣旨にかんがみれば、控訴会社における試傭(試用)は、採用の詮衡手続に合格した新従業員のすべてを、三カ月の試用期間を経て本採用拒否のないかぎり原則としてそのまま正規の従業員に移行せしめる必然の道程であつて、本採用の前後においては労務及び賃金等の条件にかくべつの変動はなく、とくに被控訴人と同様新制中学校卒業の年少の女子の場合過去数年にわたる試用者数百人中本採用を拒否されたものは本件を除きわずかに一、二件にすぎないことが知られる。さらに原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)に徴すれば、被控訴人らが前示のように控訴会社厚木工場に新規に採用されるに当つては地元仙台公共職業安定所において控訴会社から適性検査、クレペリン検査、器具テスト、文章完成法(SCT)、面接試験等によつて厳重に試験され、この詮衡を経て18.9名中六名が合格、採用されたのであつて、その間さしあたり試用者であるとか試用期間があるとかいつたようなことは格別被控訴人ら側(ことに後記のごとく当時未成年者であつた被控訴人らの親権者)には十分納得のいく説明がなされていないことがうかがわれる。成立に争いのない乙第九号証の二と当審証人富沢節夫の証言とによれば、控訴会社は試用期間を終つて本採用に移行する者にはすべてその旨の辞令書を交付していることが認められるが、被控訴人らのごとき未成年者の場合、そのさいあらためて親権者の同意を取りつけるかどうかは明白でなく、むしろ弁論の全趣旨によれば会社は当初の採用(試用)にあたつて親権者の包括的な同意を取りつけ、かつこれら父兄に対しては将来本人の結婚などによる自然退職までは責任をもつて預る旨言明していたことがうかがわれる。

(二)  一方労働基準法第二一条は試の使用期間中の者(試用者)につき一応解雇の予告の規定(同法第二〇条)を適用しない旨定めたうえ、その但書において試用者が一四日を超えて引続き使用されるに至つた場合はこの限りでないとして解雇の予告の原則の適用にかえつている。これは明らかに同法が試用契約における解雇についてその使用が一四日を超えない限りは使用者側からの自由な一方的解雇を認めながら、一旦使用が一四日を超えた場合は、こと解雇に関する限りこれを常傭労働者と見て、労働者を労働関係の解消から保護するいわゆる雇用の安定の理念から、本採用後に予定されている期間の定めのない労働契約の場合と同様に取扱つているものと解されるのであつて、このことは試用契約が一四日を超えるがごとく相当期間にわたるときは、むしろ試みのためにする要素が後退し、労務の供給の実体が重視され、解雇に関してはとくにその予告手続のみならず、その実質が通常の労働契約に準ずべきことを象徴しているものというべきである。

(三)  以上(一)(二)で見たところをさきに考察したところに綜合して考えれば、本件試用労働関係は控訴会社が被控訴人ら新規採用者を将来本採用に移行せしめる前提として必ず締結するものであつて、その趣旨とするところは控訴会社が当初の三カ月の試用期間に被控訴人ら新規採用者が正規の従業員としての能力と適格性を有するやを試験のうえ判定し、その結果によつて本採用拒否の形式で契約を解消しない限り、当然自動的に本採用に移行するものであり、その前後にわたつて労務の供給及び賃金の支払の関係においては基本的には変動がないものであつて、この一連の関係を統一的に見れば、ひつきよう試用期間中に本採用拒否の処分のなされたことをいわば一の解除条件とする期間の定めのない労働契約がその採用(試用)の当初から当事者間に成立したものというべく、会社の右期間中における本採用拒否の処分は当初の採否の自由の留保されたものとしては基本的にはその自由であるべきであるが、事体の現実としてはその恣意的な決定は許されず、その決定の理由の対象は必ずや当初に残された審査の一項目としての従業員たる能力ないし適格性の有無に向けられ、これを消極に判断すべき客観的合理的理由がある場合に限るべきことは条理上当然であつて、かかる要件をみたさないものは結局においていわゆる雇傭の安定の理念に反し、一の権利濫用としてその効力を否定されるべきものである。これを他の面からすれば右本採用拒否処分によつて労働関係を終了せしめる点では解雇の場合と全く同様であつて、すでに本件の場合のように使用が一四日を超えたときは労働基準法第二一条但書第四号が解雇について規定するところに象徴されるように、本採用による期間の定めのない労働契約における解雇の場合と同様に取り扱われるべきものと解さざるを得ない。

(本件本採用拒否の効力)

一控訴会社が昭和三七年六月二六日被控訴人に対し本採用を拒否する旨の意思表示を口頭でしたことは当事者間に争いがない。そして右拒否の理由が被控訴人の精神的疾患と作業態度の不都合などからして従業員として不適格であるとするにあつたことは後記認定のとおりである。

二被控訴人は控訴会社の右本採用拒否の処分は解雇権の濫用であると主張する。本採用の拒否は本件労働関係を終局的に消滅させる法律効果を招来する点において解雇の場合と異なるところがないことは前示のとおりであつて、右主張は本採用の拒否処分が前段判示のごとき意味においてその要件をみたすものでなく、結局において無効であるとの意味を含むものと解し得るところであるから、以下これについて判断する。

(一)  (被控訴人が試用者として採用されてから本採用を拒否されるまでの経緯)

<証拠>を綜合すれば、次の事実が疎明される。被控訴人は昭和一九年九月一七日生れの女子であつて、本籍地宮城県玉造郡岩出山町の高等学校第一学年を中退し、仙台公共職業安定所を介し前示のとおり昭和三七年四月一八日控訴会社厚木工場に試用者として採用され、同工場の女子寄宿寮の一室に同僚五名とともに住み込み、一週間の基礎訓練を受けた後同工場製造二課に配属され、同所において同年五月三一日までトランジスター組立工程中の「バーハンダ付け」と称する作業に従事した。同年六月一日からは「ICO」測定と称し、トランジスターを測定器にかけ、同測定器のブラウン管を通して映る影像を見ながら、これを良品と不良品に選別する作業に変つた。ところが控訴会社は同年六月一九日ごろ突然被控訴人を右工場の診療所に呼び出し、同じく試用者である伊藤利子とともに、かくべつ理由を告げることなく、神経科専門医武田専の約三〇分にわたる問診による診察を受けさせ、その結果被控訴人は「ヒステリー、但し抑うつ状態、恐怖症を加味し、詳しくは混合神経症と考えられる」との診断を受け、右伊藤は「ヒステリー朦朧状態」と診断された(控訴会社が被控訴人ら両名に対し右医師の診察を受けさせ、その結果の診断がそれぞれ右のとおりであつたことは当事者間に争いがない)。その後数日を経た同月二六日被控訴人は右伊藤利子とともに右工場総務課長佐藤清勝のもとに呼出され、同課長から「後藤さんは三カ月たてば本採用になるが、どうもこの会社には不向きですね。あなたは仕事中よく横を向きますね。詮衡の時はよい成績だつたが、一日で性格まではわからなかつた。トランジスターの測定をいいかげんにしたり、不良品を良品に入れたりしたら、かえつて手間がかかることになる。あなたは職の選定をまちがえたようだ。どこか他の会社の事務系統にでも移つてのんびりと働くことにするか、故郷へ帰るかした方がよいのではないか。会社を出て行くのは今日でなくても今月中に出てもらえばよい。」との趣旨のことをいわれ、退職を勧告されるとともに前示のごとく本採用を拒否する旨を告げられた。被控訴人は突然の通告に途方にくれ、その夜は被控訴人同様退職の勧告を受けた前記伊藤利子とともに前途を思つて一夜を泣き明かしたが、翌二七日ごろ同室の者から右退職の理由は精神的な病気であると聞かされ、たまたまそのころ被控訴人と伊藤利子両名が精神病で会社をやめさせられるとの噂を聞知したソニー労働組合の本部書記長木村信及び同組合厚木支部執行委員長長田弘志は被控訴人らは試用期間中で組合員ではなかつたが、従業員の進退に関することとして組合としても黙視できないことがらと見て取り、被控訴人とともに当時前記工場の寮の管理をしていた総務課員荒尾雁也のところに同道し、右退職理由の説明を求めたところ、同人から「被控訴人はヒステリーで抑うつ症だ、このままでは団体生活に適さないから早いうちに会社をやめて郷里に帰つた方がよい」という趣旨のことをいわれた。そこで被控訴人はさらに精密な診察を受けるため同年六月三〇日右木村信に連れられて伊藤利子とともに東京都立松沢病院におもむき、同病院精神科医師蜂矢英彦の診察を受けたが、同医師は被控訴人及び伊藤両名に対し問診、脳波描記、ロールシャッハ・テストなどの検査を約三時間にわたつて行つた結果、両名とも「とくに精神障害を認めず、現在集団生活を不可能とするような精神異常は認められない」との診断を受けた。そして被控訴人は右伊藤とともに同年七月一〇日横浜法務局人権擁護部に対し控訴会社の前記不採用拒否の措置は明らかに被控訴人ら両名の人権を侵害するものとして、これにつき救済を求める申立をするに至つた(ただし<証拠>によれば右申立は昭和四〇年三月三〇日「非該当」として処理されたことが疎明される)が、前記「ICO測定」の作業には控訴会社の了承のもとに試用期間の満了日たる同年七月一七日まで従前どおり従事していた。以上の事実が疎明され、これをくつがえすに足る資料はない。

(二)  (控訴会社が被控訴人の本採用を拒否するまでの経緯)

<証拠>を綜合すれば、次の事実が疎明される。被控訴人は前記「バーハンダ付け」の作業をしている時、エッチング室においてエンジニヤーから本をもらつたとか、係長とデイトしたなどと男女間の内密の問題について遠慮のない話をして周囲の人の歓心をかうような態度があり、そのようなおしやべりが多くて職場のチーフ中村哲也から注意を受けるようなことも一再ならずあつたが、そのような時でも東北なまりの意味のわからない言葉で茶化すようなことがあつた。また前示のように昭和三七年六月一日被控訴人の作業が「ICO測定」に変つてから同月中旬ごろエンジニヤー鈴木暁二がICO特性の向上を目的として一〇日間にわたりテストロットを流し表面処理工程の良否を調べているうち、予想した結果が得られなかつたので、不審に思い原因と考えられる被控訴人担当の作業の部分をひそかに再検査して見たところ、この段階では良品の中に入れるべき断線品を不良品の再生不能の中に混入するような過誤があり、右チーフを介して被控訴人に注意したことがあつた。そこで被控訴人のこのような作業態度から被控訴人は本採用するに適当ではない旨の意見がそのころ上司に対して具申されたが、一方入社詮衡の際実施されたSCT(文章完成法)テストの判定の結果が同じころ判明し、それによれば被控訴人は分裂気質であることがわかつた。これを聞いた前記荒尾雁也は被控訴人の前記作業態度とあわせ見ると、被控訴人は感情の抑揚が強く自己中心型の性格の持主であると考え、さきに似たような前例で驚かされたこともあつたので、控訴会社の嘱託医小林吉哉に相談のうえ被控訴人を前認定のとおり武田医師に診断させたところ、その結果被控訴人に対し前記のように抑うつ状態と恐怖症を加味したヒステリーであるとの診断がなされた。かくして同年六月下旬控訴会社の課長会議が開かれた際、叙上のような被控訴人の職場における作業態度、作業上のミスSCTテストの判定の結果及び武田医師の診断の結果が綜合斟酌されて、結局被控訴人は本採用者としての適格性を欠くと判定し、本採用にしないことの最終決定を見、さきに認定したように同月二六日被控訴人に対し本採用を拒否する旨の意思表示をしたことが疎明される。<証拠>は措信しがたく、他に右認定を動かすに足る資料はない。

なお控訴会社は被控訴人が寮生活において同室の者をいじめたり、前記伊藤利子に対して金銭的なことで優越的態度を示したりした旨主張し、<証拠>中には右主張にそう趣旨の部分があるけれども、いずれも<証拠>に照らしにわかに信用し難く、他に右主張を首肯させるに足る資料はない。

(三)  なお被控訴人は前記解雇権の濫用の理由として前記武田医師の被控訴人に対する診察は精神衛生法第二三条に違反するとか、あるいは武田医師の右診察による診断は正確性信用性をはなはだしく欠くと主張するけれども、当裁判所は右主張はいずれも採用し得ないと判断するところ、その理由は右の点に関する原判決の理由(控訴会社の自白の撤回に関する部分をも含む)と同一であるから、これを引用する。

(四)  そこで前記(一)及び(二)の経緯にもとづいて本件本採用拒否の処分の当否について検討する。

(1) すでに本件試用労働契約関係の性格が前説明のとおりであるとするなら、本件本採用拒否の意思表示のあつた昭和三七年六月二六日の時点において被控訴人に対し被控訴人には正規の従業員たるの能力、適性なしと判断するためには、それだけの客観的合理的理由がなければならないことは予想されている本採用による期間の定めのない労働契約の場合の解雇におけると同様である。そこでこの基準にもとづいて前認定の本採用拒否の理由を順次とりあげて見る。

イ、被控訴人の職場における作業態度について。この点については前認定のように被控訴人は職場でおしやべりが過ぎたびたび中村チーフから注意を受け、その時でも東北なまりの言葉で茶化すようながあつたのであるが、なるほどかような言動はとくに試用期間中の者の態度として好ましいものではなく、それが異常に過ぎれば問題であろうが、その内容たるや当時の被控訴人のような思春期の少女にありがちな話題で、やがて匡正の可能性はなくはなく、しかもこの点にふれる<証拠>もその大部分が伝聞にかかり、具体的に被控訴人がいつ、どの程度のおしやべりをしたのか特定することができない。被控訴人がバーハンダ付けの作業から後記ICO測定に移されたのはもつぱら右ハンダ付けにあらたにパートタイマーの婦人が配置されたためであつて、それ以上の意味はないことは<証拠>から明らかである。かえつて<証拠>に徴すれば、被控訴人はむしろ明朗快活で、職場でも寮でもよく同僚を笑わせ、その意味では人気の中心であつたことがうかがわれ、これらの事実にかんがみれば結局あかるいおしやべりの度がいささか過ぎた程度のものであつたこと以上の疎明はないから、被控訴人の前記言動はまだもつてその従業員の不適格性を構成する合理的理由とはならないものというべきである。

ロ、被控訴人の測定における作業上のミスについて。この点についてもこの点にふれる<証拠>などによつて見ても、被控訴人の右ミスが明確に認められるのは一度だけでそれも前記佐藤が被控訴人に告げたような不良品を良品に混入したのではなく、良品に入れるべき断線を不良品に入れたというのであつて、それ以上のミスはあつたにしても伝聞や噂さに過ぎずこれを確認できないのみならず、かようなミスについて他の試用者の場合との比較も明らかにされてはおらず、むしろ従来被控訴人のような女子試用者をICO測定に当らせたことはなかつたことがうかがわれるから、前認定の事実だけからは被控訴人が作業成績において他の試用者よりいちじるしく劣るとは考えられず、また被控訴人が本採用拒否を申し渡された六月下旬より被控訴人の希望とはいえ引き続き七月一七日まで依然として同じ測定の作業に従事せしめられていたことから推して考えれば、被控訴人のミスは必ずしも本質的なものではなく、右作業に不適とするほどのものではなかつたことが推認され、これまたこの場合の合理的理由と見ることはできない。

ハ、SCTテストの判定結果について。SCTの判定の結果被控訴人が分裂気質であることがわかり、そのことが控訴会社側をして武田医師に被控訴人を診察させることに導いた一誘因となつたことは前認定のとおりであるが、<証拠>に徴すれば分裂気質は人間の持つている性格傾向の一つであつて、病気ではなく、またSCTテストそのものもそう信用のおけるものでないことが認められ、一方<証拠>によれば前記荒尾雁也ら控訴会社側では分裂気質を直ちに精神病の一つと思い誤り、被控訴人の前認定のごとき作業態度とあいまつて、被控訴人は精神病の疑いがあるとして被控訴人を神経科専門医武田医師に診察させたが、後日分裂気質が右のように病気でないことがわかり、控訴会社側としても被控訴人を武田医師に診察させたことは思い過しであつたと考えていることの疎明があり、いずれにせよ前記SCTテストの判定結果を従業員として不適格との判断をすべき理由として取り上げることはできない。

ニ、武田医師の診断について。被控訴人を診察した武田医師の診断の結果が「ヒステリー、但し抑うつ状態、恐怖症を加味し、詳しくは混合神経症と考えられる」というのであり、この診断の結果に被控訴人の職場における作業態度、作業上のミス、SCTテストの判定結果などを綜合斟酌して控訴会社側が被控訴人を本採用しないことの最終決定をしたことは前認定のとおりであり、しかもこの場合右決定には被控訴人の精神面の病的欠陥として信ぜられたものが大きなウエイトを占めていたことは前認定の控訴会社が被控訴人の本採用を拒否するに至るまでの経緯から推察されるし、さらに<証拠>には「被控訴人に専門医の診察を受けてもらつた結果、被控訴人はヒステリー症の抑うつ病であることがわかり、団体的生活にもつとも適さないので、本採用を見合せることに決定し、近日被控訴人を郷里に帰えす。なお被控訴人の病気は決してなおらないものではなく、静かな環境の中で精神的に落着いた生活をして治療すればなおる」という趣旨の記載があり、以上より見れば本件本採用拒否の前提たる不適格の判断の理由は前記武田医師の診断にもとづいて控訴会社側が被控訴人にあると信じた精神的疾患がその主たるもので、それに被控訴人の前記のような作業態度などが参酌されたものであることが推認される。そこでこの場合前記武田医師の診断がきわめて重要な意味を持つわけであるが、右武田医師の診断そのものが不正確で信用性のないものであるとはにわかに断定し得ないことは前説示のとおりである。しかし<証拠>によれば右武田医師の意見として「被控訴人に対する前記診断は『ヒステリー、但し抑うつ状態云々』であつたが、ヒステリーは神経症の一つであつて精神異常(精神病)ではなく、被控訴人の場合は右ヒステリーもさほど重いものではないので、入院など身がらをどうしたらよいかの判定は一週間後の状態でしてほしいと控訴会社側の医師に依頼した」との趣旨記載があり、これによれば武田医師の診察を受けた時点において被控訴人がかりにヒステリーであつたにしてもそれはただちに判定しがたいような軽症のものであつたといえるし、それに前認定のように被控訴人がその後数日を経たのち東京都立松沢病院で蜂矢医師から約三時間にわたつて種々の検査による診察を受けた結果「とくに精神障害を認めず、現在集団生活を不可能とするような精神異常は認められない」との診断を得たことや前掲<証拠>の右武田医師の被控訴人に対する診断についての蜂矢医師の意見並びに<証拠>を綜合すれば、被控訴人が本採用を拒否された昭和三七年六月二六日当時の被控訴人の精神面はかりにヒステリー状態であつたとしても一過的かつきわめて軽度のもので、これをとり立てて病気とするほどのものではなかつたと見るのが相当である。それなら前記武田医師の診断にもとずく不適格の判断はそれ自体速断のきらいを免れないとともにその理由もきわめて薄弱なものといわざるをえない。

(2) このように見てくると被控訴人に対する前記本採用拒否を導いた不適格の判断の理由はいずれも十分な根拠がないのみでなく、とくに被控訴人の精神的疾患を理由とするものについては前認定のとおり控訴会社側は被控訴人に対するTCSテストの判定結果たる分裂気質を精神病の一つと思い誤り、まだ思春期の少女である被控訴人を突然呼出し、理由も告げずに神経科専門医武田医師の診察を受けさせ、前記のような診断が出るや、本来ならば人間の死活にかかる精神面のことがらゆえ、使用者としてはその病状の軽重にかかわりなく、本人はもとより親権者らにもよく説明のうえ、多少の日時をかけても十分納得のゆく検査をし、正確な診断を確定したうえ治療方策を立てるだけの配慮をなすべきが当然であり、本採用の諾否はもとより、その前提をなす不適格の最終判断のごときはその後の問題として考えられてしかるべきである。ところが控訴会社は前認定のように前記武田医師の診断により被控訴人が精神病であるらしいとの確信を深めながら右のような配慮をしないばかりか、一週間後再び被控訴人を呼出し、ことさらに精神面のことにはふれないで、婉曲に被控訴人の退職を勧告するとともに本採用拒否の意思表示をし、なお二日後の二八日付の手紙をもつて被控訴人の親権者に対し精神的欠陥から被控訴人の本採用を拒否する旨を告げている。これを要するに本件本採用の拒否の処分はその前提をなす従業員としての不適格の判断の理由においてきわめて薄弱であり、客観的合理的理由を構成せず、その要件をみたすものといい得ないとともに、かかる事体の性質上具有すべき要件のないままいちずに本採用拒否を強行するのは結局において一の権利の濫用として無効であるといわざるをえない。

三なお被控訴人は本件本採用拒否の処分は組合の弱体化をねらつた不当労働行為であり、労働組合法に違反し無効であると主張する。すでに前段説示の理由で本件本採用拒否が無効である以上、その他の無効事由を取り上げて判断する必要はないが、本件本採用拒否の処分のなされた背景として前段の結論に影響を及ぼすものかどうかの限度で考察しておく。<証拠>によれば、被控訴人は控訴会社に入社後試用者であるためソニー労働組合の組合員ではなかつたが、新規採用者の中では同組合の勧誘にはとくに熱心に応じた二、三人の一人で、組合主催のフォークダンスの会に二、三回顔を出したり、同じく組合主催の学習会が五、六回あつたうち三回ほど出席したり、またたびたび組合事務所へ遊びに行つたりしていたので、同僚から組合活動に神経質になつている会社からにらまれないようにと注意を受けたことがあつたことが疎明され、また<証拠>に徴すれば、控訴会社においては当時すでに会社と組合(ソニー労働組合)の対立が激化し、賃上げその他の待遇改善をめぐり労使は熾烈な攻防を展開しており、会社は新入社員の組合への接近にもいたく神経を尖らしていたことがうかがえるので、このような事体において被控訴人に対し本件本採用の拒否がなされたのであるから、前認定のようにその理由がそれ自体として薄弱であることから見て、あるいは控訴会社が被控訴人を犠牲に供して試用者その他の組合への接触ないし加入を阻止しようとしたのではないかと疑う者があるかもしれない。しかし、被控訴人は当時まだ右組合の組合員でもなければ、またこれに加入したわけでもなく、右のように被控訴人が組合に接近していたことを会社側が知得していたことを認めるべき疎明もないから、前記認定の諸事情からだけで、本件本採用拒否の処分が右組合の弱体化をねらつて行われたものとはいい得ない。かえつて当時の情勢が右に見たようなものであるため、会社としてもこのような騒然たる環境の中で被控訴人についてした不適格の判断がやや早急に過ぎ、安易に失したきらいがあるのであつて、その事情は察し得るけれども、そのことのために前段の結論を左右すべきものとは解せられない。

(被控訴人の労働契約上の地位及び賃金)

一前認定のとおり被控訴人は本件試用労働契約では三カ月の試用期間中従業員として不適格と判定されない限り、右期間満了とともに本採用者となる約定であつたから、右のような不適格の判定がなく、本採用となることを拒否されない以上昭和三七年四月一八日より三カ月を経た同年七月一八日をもつて本採用者としての身分を取得すべき地位にあつたものというべく、従つて被控訴人に対する不適格の判定が客観的合理的理由を欠き、これにもとづく本採用拒否の処分が無効であるからには、被控訴人は同年七月一八日以降本採用者としての身分を取得したものといわざるをえない。

二被控訴人は右のような労働契約上の権利を有する地位の保全と、同地位にもとづく賃金の支払を求めるが、当裁判所はいずれも原判決が認容した限度においてこれを正当として認容すべきものと判断するところ、その理由は原判決のその点の理由と同一であるので、これを引用する。

(むすび)

よつて原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。(浅沼武 上野正秋 柏原允)

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